貸した靴下を返してくれなかったり、引き受けたピアノの伴奏を放り投げて、わたしに代わりに引き受けさせたりするようなオンナノコがいました。当時中学生のわたしにとっては「このコきらい」とおもう理由に十分でした。わたしの悪い癖です、軽薄と、そのコにわたしは軽薄のイメージを持ちました。そして、元気で色黒でわたしと正反対であるそのオンナノコは、わたしのだいすきなひとのこいびとでありました。   何年も過ぎたあるとき、わたしはすべてを振り絞ってだいすきなひとのところへ駆けていきました。するとだいすきなひとは、わたしがまだ口を開く前に 知ってる と言いました。   わたしがそのひとのことをすきだと、勘で気づいていたそのオンナノコは、そのひとにそれを言っていたのでした。   ただすきと叫ぶために駆けてきたわたしにとって 知ってる は残酷なことでした。駆けている最中というのは、やっと台詞を口にできるこの今のためにこれまで恋に落ちてきたんだというくらいのだったのです、結果はどうでもいいと、無償の恋に目覚めたようにしあわせでまぬけな顔をしていたのです。喉まで生まれてきていたわたしのすきの台詞は、知ってるの一言で死にました    わたしにはすきを叫ぶことさえ許されていなかったのでした。なんでだろう、あのオンナノコはわたしから靴下も、このひとも、台詞もとってしまうのだなあとおもいました。そして今ではそのひとは、そのコから紹介された別のオンナノコとこいびとだとききました。俗    だいすきなひとを前にして、わたしの口から敗北感たっぷりにぽつんと垂れ流れてきた、オンナノコの名前は、わたしのすきの台詞の死骸であったにちがいありません。    軽薄だとおもっていたオンナノコにわたしは完全に負けていた。わたしは、軽薄とか、薄っぺらいとか、ひとを蔑んだ時点でそのひとに負けるのかもしれない。軽薄なひとに勝てるはずない  劣等感でいっぱいになる  ひとを軽薄だとおもうようなわたしには勝てるはずないって、言い換えられる