今までわたしが考えてきたことのほとんどは、平穏であり余暇があり余裕がある環境だからこその、苦悩だったり思想だったりしたんだなと思う。それが下らないものだったんだという意味ではなく。    骨組みの姿を見て原爆ドームを思う。戦争のことをあまり知らない世代だと思われてきたと思うし、自分でもそこまで詳しくは知らないのかもしれないと思っていたけど、やっぱりわたしにも根づいているんだなと思う。原発のニュースは海外のほうが大きく報じられているらしいけど、やっぱりきっと、日本人のほうが恐怖感は強い、どうしても、原子力と聞いたら、原爆を、誰もが想う、戦争なんか知らなそうな若者も。    どんなに小難しいことを考えてきたエリートも、携帯小説とか西野かなとかに夢中だった女子高校生も、今は同じ視線。今はものすごく全員人間。     スーパーに行ったり、近所を歩いていて、今までよりどことなく、人と人とのつながりを、それぞれが求めているかんじがする。風の強い日は、「すごい砂ぼこりね」と、おばさんが言った。もしかしたら今までなら言わなかったかもしれない。「ほんとですね」「お豆腐はないの?」「高野豆腐ならあるかもしれません。こっちです。」「ゴミ収集屋さんも今日は遅れてるね」「そうね」