中学の頃からいちばんの仲良しだった女の子は今もフェイスブックのアカウントのなかでかわいくきれいである。いま、水色のパジャマに茶色のメガネをかけ、不本意に短くなってしまった黒い髪を一つ結びにしているわたしは、わたしは? 千鳥格子の制服を着ていつも二人で遊んだ。わたしはつるつるする真っ黒の髪の毛で、その子はふわふわと長い茶色の猫っ毛だった、わたしは自分の髪がすきになれなくて、風でなびくその子の細い髪の毛にいつも憧れた。    わたしの好きな男の子が、その子のことを好きなのを、ほんとうはその頃から分かっていたような気がする。 だけどそのこと自体は、いまはもう、割とどうでもいいようにも思う。どうでもいい。じゃあこの吐き気は?この気持ち悪さは?     なんとかミユ、なんとかシンタロウ、ウスイなんとか、なんとかメグミ、もう絶対に戻ることのできないいつかの、あのときにいた、ひとたちが、ぞわぞわとそこにたくさん居るのを見ると、あるいは思い出すと、わたしはとても気持ちが悪くなる。  頭のなかが四次元になるようだ。四次元の思考を求められる、頭のなかにある事物に時間をかけて計算させられるようだ。        いまのわたしにあるすべての問題それぞれに、過去が体重をかけてくる。 頭が、まわらない。 おいつかない。 「きみは、どうせ自分のことしか考えてない」 男の人に悲しい目をされる。 わたしも悲しい。ほんとに悲しい。 こんなことはすべて忘れて、わたしも猫っ毛をふわふわと、風になびかせて、きれいで、かわいい女の子になり、だれか、しあわせにしてあげたい、ほんとうは。 たいへんに、自分が不潔です