わたしたちのかすがい

夜の武蔵野文庫は、すいていた。焼き林檎を食べながら読んだ本の中では、中島義道が怒っていた。破れた「れもんケーキ」のお品書きが、白熱灯の光で透けて、きれいだった。隣の席では、アパレル店員のお姉さん2人が、店の雰囲気やコーヒーには目もくれず、棚卸しやキャンペーンについて真剣に話し合っていた。 新宿のゲイバーでは、平日は研究職だというきれいなお兄さんがお酒をつくってくれて、わたしが「ジャスミン茶で割ってください」と言ったら褒めてくれた。隣の席の、サラリーマン風のおじさんは、店内で流れる小泉今日子の映像に、「キョンキョンは本当にいいわ!」と言って、隣の部下は寝ていた。美しいアンバランスさに触れて、わたしはしあわせだった。 みんな一人ぼっちだし、ほとんどのことが確かじゃない人生のなかで、ひと握りの希望は、世界は美しいということです。この美しい世界のなかで、わたしもあなたも、一人ぼっちですね。その一点のみにおいて、あなたとつながれる。武蔵野文庫、ゲイバー、世界、わたしたちのかすがい。これからも美しくいてね。